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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15838号 判決 1985年7月19日

原告 飯沼良造

<ほか四名>

原告ら訴訟代理人弁護士 北村一夫

右訴訟復代理人弁護士 新井清志

同 山上朗

被告 大橋淑子

右訴訟代理人弁護士 高橋守雄

同 柳川昭二

主文

一  被告は別紙物件目録一記載の土地上に同土地と同目録二記載の土地の境界(ただし、別紙図面A点とB点を直線で結んだ部分)に接して門扉、塀、柵その他の構築物を築造してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録一記載の土地(以下イの土地という。)は被告の所有である。

2  右イの土地のうち別紙図面AB'BCDEAを順次直線で結んだ部分(以下、たんにロの部分という。)と境界を接する同目録二記載の土地(以下ハの土地という。)は原告ら六名の共有である。

同目録三記載の土地(以下、ニの土地という。)は原告飯沼良造が、同目録四記載の土地(以下、ホの土地という。)は原告小林武史、同小林知斗巳が、同目録五記載の土地(以下、ヘの土地という。)は原告飯嶌百合子、同飯嶌美代子、同飯嶌功が、それぞれ訴外新豊建設工業株式会社(以下、新豊建設という。)から各地上の建物と一緒に買受けて所有(共有)している。

3  ところで、ハ、ニ、ホ、ヘの各土地(以下、たんに本件分譲地ともいう。)はもと被告所有の東京都世田谷区松原三丁目八八六番五、宅地、三二三・四七平方メートルの土地(以下、たんにイの元土地という。)の一部であったが、新豊建設がいわゆる建売住宅として分譲する目的で昭和五五年七月二九日に被告から買い受けたうえイの元土地から分筆したものである。

4  被告は新豊建設との間で本件分譲地の売買契約をするに際し、本件分譲地を取得する第三者のためにロの部分とハの土地の境界(ただし、別紙図面A点とB点を直線で結んだ線、以下、たんにAB線という。)に門、柵等の構築物を建てない旨の特約をした。

そして、原告らはそれぞれ前記各土地を取得するに際し、被告に対し、右特約の利益を享受する旨の意思表示をなした。

5  ところが、その後、被告は前記AB線に接して塀を建てる旨表明したので、原告らは被告と協議を重ねたが被告は塀等の設置の予定を変更する意思はない。

6  よって、原告らは被告に対し、前記第三者のためにする契約に基づいて主文同旨の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実は認めるが、被告と新豊建設との売買契約の締結は昭和五五年六月一〇日であり、右売買を原因とする所有権移転登記の日が昭和五五年七月二九日である。

4  被告が新豊建設との間で本件分譲地の売買契約をするに際し、AB線上に門、柵等の構築物を建てない旨の特約をした事実は認めるが、それが第三者のためする契約であったことは否認する。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

被告は、前記特約は被告と新豊建設との間でのみの契約であるから新豊建設に対し、新豊建設の手を離れたらフェンスを作ると明言し、新豊建設が本件分譲地を第三者に譲渡した場合にはフェンスを作れると信じたのであるが、もし仮に右特約が第三者のためにする契約であるとするならそのような特約は絶対にしなかったものである。したがって、被告の右特約はその重要な部分に錯誤があり、無効である。

四  抗弁に対する認否及び再抗弁

抗弁は否認する。仮に錯誤があったとしても、被告には重大な過失がある。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、同3の事実(ただし、売買契約締結日は除く)、同4のうち被告が新豊建設との間で土地の売買契約をするに際し、AB線上に門、柵等の構築物を建てない旨の特約をした事実及び同5の事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告はイの元土地を所有し、同地上の旧家屋に居住していたが、右土地の一部を処分しようと考え、訴外小松末廣に仲介を依頼していたところ、同人から買主として建売住宅分譲業者である新豊建設を紹介された。

2  被告は自己所有地としてイの土地を分筆のうえ残すことにし、その余の部分を新豊建設に譲渡することとしたが、その交渉過程において新豊建設から被告に対しロの部分とハの土地は合わせて幅約四メートルの私道として被告も含めた共有地にして欲しいとの要望がなされたが、被告はこれを受けいれず、結局、ロの部分はイの一筆の土地の一部として被告の専用通路部分とされた。

3  ところで、私道としてのロの部分とハの土地はいずれも幅二メートルしかなく、これと接する公道も三・二メートルと狭いため、新豊建設としては建売分譲地の取得者が車を利用する場合のことを考慮し、最小限度ロの部分のうち別紙図面B'BCDB'を順次直線で結んだ部分を分譲土地の取得者らが通行することの許諾を求め被告はこれを承諾した。

4  以上のような交渉のすえ、昭和五五年六月六日ころ契約書の原案が作成され、原告は知人の新村豊次と右原案を検討した後、昭和五五年六月一〇日被告と新豊建設との間で「元イの土地からイの土地を除いた部分の土地を代金七三〇二万二〇〇〇円、所有権移転時期昭和五五年七月二九日とし新豊建設に売渡す」旨の契約が交わされた。その際、特約として第一〇条が設けられたが、その3及び5項は次のとおりである。(以下、たんに特約3項、5項として引用する。)

3 被告は被告の所有する敷地のうち、専用通路部分(ロの部分)の北側境界上(別紙図面AB線上)には門、柵等の構築物を造らないこと

5  被告は被告の所有土地である右専用通路に関して、新豊建設が買い受けた新豊建設の土地に建物を建てた場合に、被告の専用通路の公道に接する部分の一部分を新豊建設側の人及び車が通行することを認める。なお、新豊建設が第三者に土地、建物を譲渡した場合にもこの承諾事項は継承されるものとする。

5  その後、新豊建設は原告から譲り受けた土地をハ、ニ、ホ、ヘ等に分筆し、ニの土地は原告飯沼良造が昭和五六年五月一八日に、ホの土地は原告小林武史、同小林知斗巳が昭和五六年四月一三日に、ヘの土地は原告飯嶌百合子、同飯嶌美代子、同飯嶌功が昭和五七年七月八日に、それぞれ新豊建設から各地上の建物と一緒に買受けた。そしてハの土地は私道として原告ら六名がそれぞれ新豊建設から買受け共有地とした。

6  被告はイの土地に新家屋を建築して昭和五五年一二月二七日ころから居住していたが、本件分譲地が完売された後の昭和五七年七月中旬になって原告らに対しAB'線上にフェンスを作る旨表明して工事に取り掛った。原告らは新豊建設から分譲地購入に際して同所には塀等は一切建たないことになっているとの説明を受けていたので、被告の工事に納得せず、原告らと被告との間で紛争が生じ、原告らは仮処分を申請し工事禁止の仮処分決定がなされたが被告は今後とも塀等の設置の予定を変更する意思はない。

三  そこで、右認定事実に基づいて特約3項が第三者のためにする契約であるか否かについて判断する。

まず、被告本人は「イの元土地のうちイの土地を自己に残してその余の土地を新豊建設に譲渡することにしたときから、自宅で書道教室を開いているので自転車で通ってくる生徒の自転車置場として使用するため、また、生徒の危険防止のため、更に、被告が女一人の世帯であるので宅地への無断侵入や盗難予防のためにもロの部分のうちAB線上にフェンスを設置する考えでいたのであって、被告は昭和五五年六月六日に新豊建設との売買契約原案を作成する際にもロの部分を共有にすること等の申入れがあったがこれを断り、分譲地購入者がカースペースを利用できなくては困るというのでやむなく特約5項を認めた。続いて新豊建設からロの部分のうちAB線上に門塀等の構築物を作らないことの申し出があり、新豊建設の説明では建築工事が長期間続く様子でしかもその終了時期が判然とせず、被告の家のみが建ちあがりフェンスを作ってしまっては新豊建設としても支障があると考え、特約3項が新豊建設との間でのみ効力を有する趣旨の契約であると理解し新豊建設の手を離れたらフェンスを作る旨明言したうえで、原案が作成され昭和五五年六月一〇日の正式契約の際にもそのことを確認した。」旨供述する。

そして、前記特約の文言について検討するに、特約5項は新豊建設が、「第三者に土地・建物を譲渡した場合にもこの承諾事項(ロの部分の一部を新豊建設側の人及び車が通行することを認めること。)は継承されるものとする。」と明示されているのに反し、特約3項はその旨の文言が欠落していること、被告は不動産売買契約について素人の未亡人であるのに対し、新豊建設は建売専門の不動産業者であるから特約3項が第三者のためにする契約であるなら当然その趣旨の記載がなされる筈であること、被告は殊更にロの部分を自己所有の一筆の土地として残していること、《証拠省略》によれば、被告は前記契約後間もなくAB'線上のフェンス設置の設計を依頼していること、新豊建設は原告らに対し特約のことは口頭で説明しただけであること等の被告の供述を支持しうる諸事実が認められる。

四  そこで、更に検討するに、そもそも、新豊建設は建売住宅用地として被告から本件分譲地を買い受けたものであり、分譲地の販売政策上からも車等が侵入可能な幅四メートル程度の通路を確保する必要性があったものと考えられる。しかし、ロの部分を共有地にするとの要望は被告に容れられなかったのであるが、それでも、新豊建設としてはAB線上に塀等が建てられ二メートル幅の路地しかない建売住宅となることは避けたかったものと考えられること、被告は自己所有地を一部残して本件分譲地を建売住宅業者である新豊建設に売却したのであるから、新豊建設の建物建築工事が多少長びくとしても売主として新豊建設との間でわざわざ門、塀等を設けないことまで本件分譲地の売買契約書中で特約する必要性があったものとは考えがたいこと、しかも、建売住宅の最終売買までには相当の日数を要するとはいえ新豊建設が本件分譲地上に建物を建築後は速やかに第三者に売却することが予定されていたのであるから、特約3項が文字通り新豊建設と被告との間のみの契約であるとすると、本件分譲地の購入者は事前に新豊建設からAB線上に塀が建つことの十分な説明を受けていない限り、購入後になってから、突然、被告によって塀が建てられ、せっかく購入した建物への通路が心理的にも使い勝手の悪い路地に変貌することになって本件のような紛争が生じることは目に見えていることである。そうとすると、特約3項は建売住宅を取得する者のために、将来の紛争を防止しようとして新豊建設が被告との間で特約したものと解する方が自然であること、特約3項は特約5項と異なり、確かに第三者のためにする契約である旨の文言が欠落しているが、特約3項が被告の供述するような趣旨のものであるなら、むしろ端的に新豊建設が本件分譲地上に住宅を建築中には塀等を建てないが、工事終了後第三者に譲渡された場合には塀等を築造する旨の条項にする方が明確であったこと、原案作成から契約締結までは猶予期間があり、その間、被告は知人と検討していること等、以上の特約条項を設けた経緯、目的、内容、当事者の意思等を総合すると、特約3項は第三者のためにする契約であると解するのが相当である。《証拠判断省略》

なお、原告らが被告に対し右特約の利益を享受する旨の意思表示をなしたことは原告らが仮処分申請をなし、本訴を維持しているところからも明らかである。

五  次いで、被告は抗弁として錯誤を主張し、前説示のとおり、「塀を建てる旨明言した。」旨の被告の供述及びこれに沿う証拠がないではないが、未だ錯誤の事実を認めるには足りない。

六  以上の次第で、原告らの請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋隆一)

<以下省略>

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